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zoom RSS 8月9日に思うこと

<<   作成日時 : 2005/08/09 13:23   >>

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昭和20(1945)年8月9日11時2分。
長崎にプルトニウム型原子爆弾が投下された。

その日から60年が経った。

私の生まれた小倉は、広島・長崎と共に原爆の標的だった。
たまたま60年前の8月6日と9日の両日の天候によって、両市とは別の運命を歩むことになっただけのだ。
6日は広島と小倉に偵察機が飛び、晴れていた広島が犠牲となった。
9日は「第1候補」小倉が曇っていたため長崎が犠牲となった。

もし、あの日、小倉の空が晴れていたら・・・。
広島・長崎は米軍の民間人無差別大量虐殺を免れていたかもしれないのだ。

このことは小さい時から私の心にいつも引っかかっている。
広島に1975年、長崎に1979年に初めて訪問してから、何度訪れても何とも言えない気持ちになってしまうのだ。

幼い日、近くには米軍管理の旧日本軍の弾薬庫がまだ存在し、何も知らずに遊んでいた。
「なぜ外人さんがいるんだろう」くらいの感覚だった。
地域の子供たちで佐藤栄作首相(当時)に手紙を出し、弾薬庫の返還・開放を訴えた。
そのことは地元のNHKで放送された。
今、そこは緑地公園として一部開放されている。(自衛隊管理の場所も残っているが)

核廃絶とアメリカの政策を批判した今日の長崎での式典を参加した小泉純一郎はどんな思いで聞いていたのか。
アメリカ追随政権の彼に式典に参加する資格が果たしてあったのか。



小倉に長崎と同じ平和の鐘が建てられて20年以上が経った。

蛇足ですが、甲子園では長崎代表の清峰高校が愛知代表の愛工大名電高校に勝ちました。
祈りの日に60年前を想う「長崎」が未来象徴「愛知万博」で賑わう愛知に勝ったのは象徴的でした。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>かめ吉さん
職場の屋上に昇り爆心地の方角を向いたら街中で一斉にサイレンが鳴りました。小泉さんはどんな気持ちで黙祷したのでしょう?今年も、あの日を思わせる熱い日差しでした。
ぶん♪
2005/08/09 16:12
60年前と確かに時代は変わったのかもしれません。
どんなに文明が発達しようとも、
どんなに経済的に豊かな国になろうとも、
他者の痛みをわかる心まで失ってしまわぬように・・・
戦後生まれの世代ですが、震災体験者として、
次世代に伝えていく使命を果たして生きたいと想います。

TB、コメント戴いた御礼申し上げます。
kumise
2005/08/09 18:11

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